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特別寄稿 GWのインドサルサ紀行
インド日記PART1

2008 4月、、、
もうすぐ僕の始めてのインド行きだ。

僕にとってインドに対する思いは、強かった。1970年頃の学生にとっては、インドは 聖地だったのだ。そう、その時代の僕にとっても、、それは、もう、今から40年前の事だ。

1970年、僕の大学を卒業の前、僕は、卒業して、社会を捨て、インドに放浪をするか、
今まで学生運動に参加し、僕の敵でもあった”社会という場”に屈服して、 就職をするのかの選択を、僕は迫られた。

そして、インド行きをあきらめ、僕は、社会で働く事となった。
これを説明しても、この日記の読者はわからないと思うので、さらに書かないが、 自らの主義,主張を捨てる事を、“転向”と言った。
要は、僕は自分の主義を曲げたみっともない社会人になったのだった。

憧れのインド、、

”何故にインドへ?”と、言うと、、、。
当時のインドとは、”精神を清める場”だったのだ。
学生運動を経験した当時の若者は、インドか社会の二者選択を迫られたのだ。

インド行きをgive-upして、はや40年近くが過ぎた。
インドに行かなかった、行けなかった思いが、この40年間、僕の背中にどっしりと 乗っかっていた。
決して、インドに行かずして、思いがままにやってきた、この40年間の僕の仕事が 意味なかったものではないが、もしやの選択だったインド放浪、、、 それは、遠くの昔に愛していた女性にタイムスリップして、逢いに行くようなもの。

ところが、40年が経ち、今や、インドは変わった。
”貧しくもあり、精神を清める場”のインドのイメージは今やない。 僕の思っていたインドは消えてしまったのね。
インドの街にもよるけど、そのいくつかは、聖地から、お金持ちの都市に変貌してしまったのね。

例えば、僕の行くムンバイという都市に行く直行便の飛行機は、エコノミーがないのだ。
ビジネス席しかないだなんて、、。
その訳は、ムンバイに行く人は誰もエコノミーに乗るような人が、もう、いないんだって! 行く人は全員ビジネスクラスなんだって、、。

インドと言えば、死体の流れて行くガンジス河で、水浴びのイメージだったけど、
今や、IT産業のメッカとなり、”貧乏”のイメージは、もうないみたいなのね。

僕はANAのマイルをいっぱい持ってるんで5万マイルで12時間かかるフライトで ただで行ける。

僕がインドに行く理由、、、それは、どうしても、とある娘に会いたくて行くの。

インドにはエマニエル メラちゃんという娘に会いに行くの。

2007年に北京で見た彼女の踊りが忘れられなくてね。
たった30秒しか、この子と話していないのに、思いが募って、インドのムンバイに、僕は、行くのよ。
これが、”サルサの楽しいとこよ!”。
世界中のどこにでもいる”I WANT TO BE A GREAT SALSA DANCER!"と、言うサルサの世界では、 まだ無名の娘に会いに行くのよ。

もう、何度となく、この子とはメールを交わし、僕は、彼女の夢をもらった。
僕は彼女の夢に賭けた。この娘をJSCに出して、世界から注目されるダンサーとしてデビューさせよう!

僕のインドへの出発の前に、すでに、 僕は彼女の動画を見たいという人や、何人かのイントラに
彼女の動画を見てもらい、感想をもらった。

まずは、そのいくつかを紹介しますね。

_______

KITAです。拝見しました、インドの子!?たまらんですね。本人を是非見てみたい。
彼女のムーブメントはインド舞踊の要素も入っているんでしょうね。
オリエンタルな雰囲気が漂っていて素敵でした。

KITA@国立BUENO

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これめっちゃ凄いやんけ!ええわー!

PEDRO@PEDRO&MIUペア
_________

お疲れ様です。 奈緒美@金沢です。
すごいですね・・・。
日記に書かれていて、どういう人なんだろうと思っていたのですが・・・。
男性のリード通りになんて越えて、男性に吸い付いてない?! ?!って感じる位のムーブメントですね。。。
こういう風にいつになったら踊れるか途方にくれますが(汗)、
メールありがとうございます。悪戦苦闘中しています。

奈緒美@ペアコン初挑戦

______________

彼女のような手足の長い日本人とはまた別の意味で『ラティーなでは無い体型』の女性が、
いかにサルサらしさを表現できるかは、日本の女性にとっても注目ですので、
彼女には是非サルサを踊っていただきたいです(*^_^*)
日本で多くの方が教えていらっしゃるバランスとかなり違いそうですので、
派手な表面でなく、その内部にこだわってやっていただけたら、 多くの女性を開眼させてあげられるのでは?と思います。

インストラクターKEIKO@日記ライター

_______

渡部さん、メールありがとです(*^^*)マミーンです。
そうそうこの北京でのすばらすぃ〜ソロの踊り、人間ってあそこまで身体の隅から隅まで 使うことできるんですよね。
初めてあんなすごいの見せてもらって、 口あんぐりでした。改めてため息〜(^^)
しかも彼女のバチャータは初めて見たぞ!すごい!また人間あそこまで動くこと可能なんですね。
しなやか〜。そんなのと比べたら、私なんて1000分の1しか動かしてない…。
メロディーとリズムとを細かいところまで使い分けてて、自分の音楽にしてしまってるんですね。
ん〜っていうか、彼女は楽器?ダンサー?なんて呼べばいいんでしょうね。早く会いたいです(^^)

まみーん@TEIJI&MAMIN,JSCへのの挑戦

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やっぱり言ってた見たことある子でした^^
若いのにこんなに表情ある踊りができるんですね。ほんと、世界はすごい^−^;
あたしもペア、見つけなきゃです^^

インストラクターLINA@大阪

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TETSUEMI(談)
一日200回くらい、この動画を見てたな。

__________

RYU君(談)
この動画見たら、JSCじゃみんなこの子のワークショップに行っちゃうじゃないですか?!

________

では、彼女のBACHATAの動画をお見せしよう。
http://www.youtube.com/watch?v=XE5OmzL4ZaY.

インド日記PART2

僕は4/3からインドに旅立ちなのだ。

僕は,前の日記でも書いたけど、ボンベイ=ムンバイなんて,全く知らなかったし、 自分が行くのは、ホテルとサルサ場しか興味ないから、ようく、どこに行くのか わかってなかったのね。

そして、調べたのよ、僕の行く町を、、、

そこはね、、、、観光ガイドより、、、

「世界で最も人口の多い都市」と言われる

ムンバイはインド随一の商業及び娯楽の中心都市インドにおける映画テレビなどメディア産 業における国内有数の拠点ともなっている。特に、北インドを中心に国内各地で 上映されているヒンディー語による娯楽映画はこの街にある巨大な撮影所(通称 フィルム・シティー)で多く制作されているため、街の旧名「ボンベイ」とハリ ウッド をもじった「ボリウッド という映画の街としても知られている。

ーーそうなの,BOLLYWOOD DANCEって呼ばれてるのねーーーーー

_________

次に、友人の旅行代理店より

ムンバイにつきましては、とにかく感染症(赤痢、コレラ)に気を付けるように お願い致します。
過去に渡航した方からは、極度の下痢などで難儀した話をよく聞きます。
渡航前に外務省の渡航情報を是非確認して下さい。

_______

そして、仕事でインドに通うGWのサルサ介護妙齢より

インドでは歯磨きもペットボトルのお水でしないとダメですよ。
シャワーの時は耳栓をしろと会社の人に言われてますが、これはやりすぎかと思 うので 私は耳栓は持って行きませんけど。カットされたフルーツも食べちゃダメですよ。
お腹壊さないように気をつけてくださいね。 私自身もそれが一番心配です・・・。

________

要は、僕はだんだん心配になって来た訳よ。
僕の日記の読者は、

1、GWが時に無謀な行動に出るのをしっている。

2,GWは、してもいけない!と思う事をしたがる。

3、よく、お腹が、ジャジャジャジャーンの”運命”が流される。

4、いつかGWは下痢体験だけで本を一冊出版したいと考えてる。そのためのキャ リアも必要と考えてる。

等を、密かに知っている。

北京では、GWはひとり、カップ、食べる食器を洗わない,一日中、同じ食器を使 う担々麺屋に行った。
どうして、そんな汚い事が出来るかというと、そこでは、カップにシャワー キャップをかぶせ、 そこに汁と麺を入れた担々麺を出す。そして、残ったスープと面を、その車ワー キャップごと捨てて、次のお客さんには、 また,新たなシャワーキャップを、その食器にかぶせて、その上にスープと麺を 入れて、客に出す、、、。

GW は、、挑戦して、果ててしまった。こんな体験に、GWはすぐ燃えてしまうのだ。

そんなGWは、、、、果たして、インドから生還出来るのだろうか?

もしや、インドでは、腹を下して、表に出る事が出来ず、インド日記を書けず に,その代わりに、 この頃書いていない“GW生い立ち日記”(もうすぐ半分UP予定)

 

インド日記1APRIL FOOLの日

昨日の夜は、帰りしなに、六本木の本屋で、インド行きの飛行機の中で読む本を 探し、 おもしろそうな本があって、にんまりしたところで、一応は、買いはしないが、 インドの情報もゲットしておいていいんじゃないかい!ってな感じで、旅行書籍 コーナーで、 インド本をぺらぺら見ていた。

”インド行きにはビザ”の欄があった!ガーン!
俺そんなの知らんかった!!インドに出発の三日前である。チケットも発券済み。
もしや、今からではヴィザ取得は無理、40年間も心に温めていたインドに行け なくなる!???
その立ち読みの本の字が、何故か驚きで、全く、理解不能になったので、僕は、 深呼吸をした。
深呼吸をして、GW自身に、僕は、語りかけた。
”だって、そんなもん知らんもん!”
どこか、僕の言葉はなまってた。
六本木の駅前の本屋の旅行書籍カウンターの前、僕の頭がぐうるぐるして、脇の 下から汗がたり、、、した。

僕の経験上では、ビザを取るのに、幾日か、かかる。
あと、インドへ出発まで三日しかない。
怖いから、その本の字をこれ以上見ない。

多くの事がよぎる、、、、、

お腹をこわさないでね、、、何度となく、あちこちで言われ、 メールももらった、、、でも、”ビザとった?”とは、だーーれも言ってくれてない。
当然,僕のチェックが甘いのがいけないんだけど、ANAのOPERATION CENTERの僕 担当の ふみちゃんあたりが、チェックしてくれてもいいようなもんだと、恨んだが、 そういうマニアルはないのだろう。

それにしても、旅慣れた僕が、このようなミスを犯すという理由を探った。
僕は、どんな場合でも、自らのミスの原因を先に究明する。
それは、ひと言で言えば、考え方が、そう思ったら思い込む、、僕が、いわゆ る”頑固”になったせいだろう。
僕はこの頃、人の言葉なんぞ聞いても、実際は、なーんも聞いてない状態になる のだ。
単なる頑固な爺いに僕はなってしまったのか?うーん、、。

それにしても、何故??? インドに行くにはヴィザが必要なの?

これは、多分、ムンバイへはエコノミーがない。ANA便はビジネスクラスしかな い、、、、
ここで、僕は今のインドはIT発展国で、昔の僕の思っていた貧乏なインドでなく なっちゃった、、、
この思いが、ビザの必要がある後進国、、というイメージを捨ててしまったと、 思えるのね。

エーン、エン、メラちゃんに合えないよう!ヴィザなきゃ、飛行機とってもイン ドに行けないよう!

僕は、本屋でのインド本の字がもう、驚きで、胸がいっぱいになって、もう読め ない状態なので、 このヴィザの件で知り合いの旅行代理店の伊藤君に電話した。

伊藤君”あ!渡部さん、ごぶさたしてます!そうなんですよ。 インドに行くにはビザが必要なんですよ。”

この会話でわかった事は、昨年なら僕はインドに行けなかったという事。
昨年までは、麹町のインド大使館に申請して、幾日かしてビザをもらえたという 事、、。
でも今年からインドビザ申請センターとかが出来て、そこで 下記の条件でもらえるという事。

伊藤君”渡部さん、PASSPORTの期限は半年以上残ってますか?”

GW,必死で思い出しながら”大丈夫、、、??”

伊藤君”それと、渡部さん、パスポートのページは2ページ以上残ってますか?”

GW,そんなの覚えてる訳ねえだろう!でも、まだ、2ページくらいなら、あった ような気がする野で”大丈夫!”

そして、この会話を終えて、僕はパスポートを置いてあるSHJに駆けて戻り、パ スポートをチェックした。

よかったあああああ!!! パスポートの期限も、ページもあった。

そして明くる日の今朝、池袋にあるビザ申請センターに行ってきたのだ。そこは、とても、とてもカレー臭かった。
ヴィザは今日の夕方に出来るって言う。

うん、ほんと、よかったよ。
旅行本のカウンターに行かなかったら、僕、例え、飛行機に乗れても、12時間 半乗って、 ビザがないから,ムンバイから帰されてしまうんだもんね。
とにかく、このような事がないようにと、反省し、 僕は、インターネットでのインド情報を始めて勉強した。
そして、勉強した結果をひと言で言うと、インドとは”全く何が起こっても不思
議ではない!”という街ね。

INDIA INCREDIBLE!
“インド人びっくり”って言葉があるけど、その意味は”何から何までびっくりの インド、 そのびっくりさせるインド人がびっくり!”、
すなわち、その言葉は、”信じられない、UN信じRABLEな事”って意味ね。わか る?この意味?

びっくりな事のひとつ、、。
まずはムンバイの空港には何百人のタクシーの客引きがいて、平均、タクシー代の13倍の料金をふっかけるんだって!
僕、つい むかっとしちゃうと,自分自身手がつけられなくなくなっちゃうのよ。

僕と一緒に北京に行った人は、僕がSALSABROSAのカルロスをだましたタクシーの 運ちゃんを どうしたのかを覚えているだろう。(あの辛かった北京、その北京日記もUPしな くっちゃね。)
まあ、僕もこの頃大人になったから、あんまりむちゃな事はしないけどね。
それにしても、このインドへの旅は混乱が予測されるな?

この日記を見てる人は、それを期待してるな?馬鹿やろう!!!

GWインド日記PART4

今は成田の空港のANAのラウンジ。朝の8時半,、、出発が9時40分だから、 日記を書く。
インドのムンバイでちゃんと日記を書けるかどうか心配だから。
僕がムンバイで泊まるインドサルサフェスティバルの指定ホテル、そこは、 ¥7、500くらいのお部屋。
海岸に面してる小さなホテル。一応、行く前にインターネット可かどうかを聞こ うと、 メールしたけど、そこからは全く、返事がないの。
ちと、心配で、メラのパートナーのANUP君にメールしたら、、、

ANUP君”近くに多くのインターネットカフェがあるよ。
ただ、そこでは、PAIN(苦痛)があるでしょう。
ここは、発展中の国なのですから。”
という、答えだった。

僕は、15年程前のぐちゃぐちゃな上海や、サイゴンや、22、23年前くらい前のバリなんかでも、空港で職員に賄賂を要求されたり、
客引きに囲まれたり、 フィリピンのセブ島では、下痢で寝てるとこに、いいホテルなのに、部屋の鍵を 開けられて、
娼婦軍団が勝手に入って来て、お腹が痛いって泣いてる僕が嫌だよう!って言っ てるのに、
全員でマッサージされたり、かなり、発展初期の国での経験はある。

そういう国が好きで、戒厳令とか聞くと、すぐにでも行きたいタイプの人だった のね。
でも、この頃、安心を求めてる還暦老人になったの。
そんな事を言っても、なんせ、江戸っ子だから、すぐに喧嘩売っちゃうとこも、 あるのね。
僕は複雑な世代なのよ。

でも、今回は決心したんだ、、、怒らない旅にしようって!

とても、心配されてるの、まわりに。

ついさっきだって、ANAのカウンターで

ANAカウンター女性”長崎では、いったん手荷物の検査になります。”

って、言われたけど、

普通なら、僕、、

GW"そんなの、聞いてないよ。聞いてないから、僕、そこで降りないからね!”

って、ごねちゃうんだけど、大人だから、、

GW"なんで、長崎で降りるんですか?聞いていませんが、、”

ANA"給油の問題なのです。お食事は長崎以降なので、ラウンジで御朝食をお食べ 下さい。”

GW,,,素直に”はい!”

それにしても、このムンバイ行きの席は37席のみ。
何かテストケースとしてのサービスをやってるようだ。さすがビジネス席、とて も、待遇がよい。
ここが、天国とすると、ムンバイの空港からは、地獄という事になろう。
なにせ、メーターが壊れたというタクシードライバー、急に英語がしゃべれなく なるドライバー、 全員最低13倍の料金をふっかけっるドライバーが、もう少しで、僕を待ってい るのだから。

僕は、今回は無駄づかいしないの。お金ないの。
ただ、ちょっとの贅沢はねーインドで最高のホテルというタージマハールホテル でおいしい紅茶をいただくの。
ただ、それだけ。

心配してくれてる人には、ありがとうね。
心配してくれてない人には、馬鹿やろう!ね。

じゃ、行ってきます。

GWインド日記5

到着しましたよーう。

いやはや苦労してますう、、インド ムンバイでね。
この日記も無事にUP出来るか心配。
やっと、電源とアダプターの問題をクリアして、つながるようになったんだけど、 すぐにアクセス不能になっちゃうのね。
インターネットの会社の人は1時間したら来るって連絡があったけど、時間とい うものが存在しない街だし、
この交通混雑では、誰も時間通りに動けないのね、ここでは、、、。

そして、ホテルに着いて、部屋を見ると、広くていいんだけど、ほこりまみれな のよ。

GWインド日記6

いつも思う事だけど、発展途上国の国民性を理解する事は難しい。
特に、インドはカーストの国だから、どういう人がサルサするのかだけど、イン ドサルサフェスティバルの 会場で何人かに聞いた限りでは、やっぱ、お金持ちが多いのよね。
三日間のワークショップとパーティ全てで¥14,000くらいだって。日本の 三分の一だよね。
ただ、この金額は一般の人の毎月の給料の2ー3倍との事だ。

そして、女の子がとても奇麗。これはびっくりだよ。
昨日の日記に登場のおじさんには
”渡部さん、昨日紹介した子なんかは、ボリウッド映画の主役を何本も出てる子 ですよ。
ビデオ屋に行ったら、すぐに彼女の顔をポスターやビデオのジャケットで気がつ きますよ。”
だってさ。

僕滅多に、美しい人とか、思わないんだけど、インド人に美人は多いね。
ただ、まだ、踊りは,日本の6,7年前って感じかな?ON1が主流で、女の子が 勝手に動いてしまうのが辛い。
でも、日本から来る男の人はインド女性が奇麗なんで、楽しいと思うよ。
特に、サルサ女性のファションは素敵。メラちゃんのコーディネートなんて、い やあ、素敵でした。

<GW回想>
そして、僕、思い出したのね、最初にデートした外人(40年前は”外人”って 言ってた。)が、 インドの子だったの。当時,僕は21才かな?髪の毛もふさふさよ。
1970年かな?大阪で万博ってあったの。そこにケベック館っていう建物が あって、 そこにディスコがあって、そこで知り合ったふたりの万博のコンパニオンの子 と、京都に出かけたの。
もう、昔の事だから、ようく覚えていないけど、とにかく、彼女のおでこの眼と 眼の間にある、ピンクの、 あれ、何て、言うの?それを僕,、、冗談でとっちゃったの。そしたら、急に帰 られちゃったの。

_____

それが、けっこう、トラウシじゃなくて、ウマ、そう、虎馬になってて、その一 時期、外人女性恐怖症になったの。
もう、若い時に、いろんな国の子といろいろあったから、大丈夫だけどね。

そうだ、今回もいろんな国の子と踊ったよ。僕はモンゴルとか、ボスニアとか、 ブルガリアとか、 余りメジャーでない国の子と踊ったことがあるけど、昨日の子はチベットの子 だった。
とても顔が日本人の、そうね、なんだか”吉田さん,、”って言う感じの子だった。

初日に僕が誘って、昨日は、彼女が僕を誘った。

今日は、日本に数度呼んだNYのDAVE PARIS君と飯を食う予定だったんだけど、彼 のビザがおりなくて、
パートナーのゾーイだけが来た。彼女もインドの血が流れてる。ふたりは、とう とう結婚する事になった。
この子も僕の娘のよう。彼女には、おめでとう!のDANCE FOR LIFEのT-シャツを あげなくっちゃ!

会場に行く前に、僕は朝昼兼用のご飯は、迷って、CHURCHGATEという駅中にある TAKE OUTのお店で、
上海ごはんと、酢豚の豚抜き(インドではポークはないのね。)を買って、ホテ ルで、なんとか、、、食べた。
ご飯食べる事自体が怖くなってきてる。
注意してても、やられちゃうんだもん。こうなると食べる事自体が怖くなる。
まだ、お腹は本格的にじゃじゃじゃジャーンの運命では、ないので、今は、赤 丸っていう下痢薬を 半分だけ飲んだ。ただ、これは簡単に、直るとは思わない。

これから、会場のワークショップに出かける。
マグナにもJSCのT-シャツをあげるの。

じゃあ、行ってくるね。

GWインド日記7

今日も、なんとか、生きてる。まだ僕のお腹は”ぴよぴよ”まではいってない。
”ぐにゅぐにゅ、、”って感じかな。

もう食べる事が怖くて、どこで何を食べていいのかわかんないのよ。
まずは、歩いてどこかの清潔そうな店を探す、、、それが時間帯によってないのよ。
まして、今日は日曜日で大きなデパートが、なんとお休みなんだってさ!
BOMBAY HOUSEっていうスーパーなら、食べて、買い物も出来ると思ったんだけどね。

とにかく、この街で歩くという事は辛いのよ。
大体、このホテルには地図もないんだもの。
インド人ダンサーのSUPER MARIOなんかも、このホテルから、逃げ出したのね。
汚いって、、。
でも、他のアジアのダンサーだけは、なんとか、ここにいる、、、、
アラビア海に面したMARINE DRIVEにあるプチホテルとは言えるんだけど、ちょっ と凄い。もう説明出来ないとこ、、、。

歩くという事は、

1、乞食の人達をまく。
2、ドライバーをまく。
3、命をかけて、道を渡る。車のマナーなんてないんだから。
4、熱い!ただただ熱い!
5、会場はRITHM HOUSEってとこのそばなんだけど、インド人の英語はTHを”ズ” で”R”を
強く発音するので、”リズモ ハウス!”って、頭の”R”を極めて誇張して言わないと わかっくれないのよ。しかも、車のメーターが古く、物価のインフレで、その メータ料金の7倍が、 こっちの支払料金なんだけど、70倍言うドライバーもいるのね。
そういう面倒が嫌なんで、歩くんだけど、もう熱くて死にそうになるのよ。

ワークショップの会場で、スーパーマリオから、SOLD OUTになってるDVDを買って、
それをリュックに入れて、今日はお買い物。僕、どうしても、膝まである長いイ ンドの白の木綿に
刺繍がしてあるシャツが欲しくて、さまよったの。
なかなか、なくて、シルクのシャツとパンツ、5000円でかなりデザインのこ んだジーンズ等を
ブランドっぽいお店で買った。露天ではジーンズ(多分日本で1ー2万円)が 1000円、
安いパンツが130円、シルクのスカーフが300円って感じかな?
もう、物の価値がわかんないのでありますよ。

そして、買い物に疲れた頃に巨大な歴史的建造物がどっと目の前に、、、
200年前のイギリスの建築群は勇壮,繊細、、、もう頭が下がりますね。
ただ、あちこち建築中だから、ほこりが舞っていて、毎回シャワー浴びないとい けない。

そして、メラちゃんは日本に行きたいのだけど、パートナーの問題やら、
僕が期待するワークショップの内容の事やら、頭がいっぱいになって、
そのプレッシャーで、下を向いてしまった。とても自分に素直な子で、

メラ”わたしは音楽と踊りたいの、むしろ、パートナーよりも、、。”と、あえ て、言うのだ。
これは決して、100%NGのコメントではない。
パートナー次第なのだが、メラが感じる細かい音のアクセントまで、リーダーが 感じてメラちゃんをリード出来ない場合は、
メラちゃんは、パートナーではなく、音楽と踊るのだ。

とても、繊細で勝ち気な子だ。まだ20才だもんね。

さあて、どうなる事でしょう?

GWインド日記8

毎回,恐縮ではあるが、、、、

我がお腹、、、

”ぐにゅぐにゅ、、、”から、、”ぴーひゃら”になり、喉元は、”うぐぐ!、、”と なった。
”ジャジャジャジャーン”まで一直線なのであろうか。

そこで、この日記のタイトルを

”GWのインド腹壊し日記”とした。

昨夜のムンバイ サルサフェスの最終日には、打ち解けたインドのいとも美しい 娘達が、
ハグ&キスをしてくれるのだが、その度に、その、その、喉元に、”ウグ!”と、
腹の痛みの声が 出始めてきたのであった。正に、不条理である。
僕は、この60年間で、これ程に美しい女性にハグ&キスをされた事ない。
正に夢のようだ。でも、ハグされる度に、僕のお尻からは、いろんな音が聞こえ るの。
しかも、中味まで飛び出てきそうなのよ。
この苦しさ、、、、この喜び、、、、この不条理、、、わかってくれる?

150人くらいの内輪のパーティゆえ、僕はさらなる腹痛開始のサインがあった ので、
ホテルに隠れて、ひとり帰った。
元気なら、あの麗しいBOLLYWOOD STARを抱きしめようとした事だろう。
GWは、潔く、それをあきらめたのだ。
決して、美女の前では、お尻から、うんこをもらさないのだ!
なんて、凛々しい男なのだろうか!GWって、、、。

そして、ホテルのそばで急にタクシーをとめて、歴史遺産の建造物である、
夜のチャーチゲートという駅を眺めた。
夜の灯りに、浮かび上がってる、その勇壮な建物は,壮観としか言い様がない。
その見ている僕のそばには、野良犬と乞食の子供達が、その駅の構内で遊んでいる。

呆然と、その建物の荘厳さに身動き出来ない僕、建造物に眼をこらしてる僕の後 ろに、何人かが 集まる。そして、僕の指を、その何人かが握る、そっと。

足のない、いざりの男の子、花売りの少女が、僕の指を握り、僕に微笑む。

僕は、痛い腹をかかえて、逃げる、逃げる。
ここであの子達にお金を恵んでも、世界は変わらないのだ。

僕は今まで多くの旅をしてきたけど、混乱という秩序のアジアにしても、 これ程の貧富の差のある国を見た事がない。
そして、それを見る自分自身は、この国で誰もが体験する下痢で身動きがとれな くなっている。
しかも、充分に注意したにも関わらず、腹をこわしての苦痛の身体で、歴史の深 さ、貧富,、等を見る事になる。

そろそろ、身体の痛みが、思考にも影響してきたようだ。

GWインド日記9

ついに、この日記のタイトルを”GWのインド腹こわし日記”とした。

ブクブクと,今にも、ピーヒャララを予感させる状態に、昨日はあった。
”何か食べないと駄目よ!”とのメールをGW介護妙齢にもらい、日本から持って いった梅粥を食べた。
梅粥をこのホテルで食うという事は、
1、ルームキーをはずして、部屋を出る。と、同時に、僕の部屋の空調が止まる。 どっと汗が噴き出す。
”部屋を出る。”と言う事は、すぐに汗をかく事、それを受け入れねばならない。

2、部屋つきのサーバントが部屋のそばにいるかどうかを確認する。
注 30円程チップをあげたら、我が215室の前に、常時3人が待機する状況 になったので、
メイドというかサーバント、執事が大挙、GWのおつき状態になってしまったので ある。

3、いない場合は、2階から下まで降り、ホテルの裏でおしゃべりしてるメイド に、梅粥の袋を渡し、
くれぐれも、パックを開けて5分温めるのではなく、開封せずに、温めて欲し い!!を何回も確認し、
カップはしっかり洗って、そのカップと一緒に部屋に持ってくるように言う。

GW注 もう、このはらこわしで、すべて疑心があり、ほんとに5分なのか?
洗っていない鍋にこの粥を開封されて、ぶち込まれて、何かと一緒に食べる事に 僕は、異常に恐怖感を持ってしまったのだ。

4、その梅粥を3人が持ってくる。ついでに頼んだ焼いてないトースト二切れは、
15円なんだけど、ひとりに30円づつのチップをあげる。15円のトーストに 90円のチップ、、。
何故か、おかしいが、こうなってしまった。

5、そして、やはり持参の梅干しを入れ、塩昆布を入れ、30秒で食べる。

このたった、たった、30秒のために、インドでは、いろいろ苦労するのだ。

インターネットも時につながらない。
携帯も音声電話がNGになったり、メールも届かなくなったり、 ええい!もう、どうでもよくなってきたのだ。

そして、僕は思い出した、、、”この旅は決して怒らない旅”にするのだと、、、。
赤玉という下痢止めを飲み、このブクブク感が、キシキシ感になって、明日の朝 にはピーヒャララに ならないように、お祈りをして、手持ちの本を読み狂った。
これが嬉しいのよ、いつも出来ないから、、。いつも本読む時間がないから、、。

そして、明くる日、ちいさな一切れが、軟弱ではあるが、ぽと っと出て来た。3分程のーーリ キ ミーー で出て来た。それ以降は出てこな かった。
赤玉を飲み過ぎて、固まっちゃたんだろうか?

異常な下痢により、正常な思考が出来るかどうか、自分で難しい言葉をくちずさ む、、、、、、
ーーひよこぴよぴよみぴよぴよ、あわせてぴよぴよむぴよぴよ、、。

実に簡単であった。

そうだ、今日は島へ行こう!表にでよう!

でも、僕の行きたい、その島の名前を忘れた。

島に関して言うと、今日の夜便で日本に帰る。
だから、絶対的に、帰りの船を間違えない事!!
間違えずに、街に早めに戻り、空港に行く事!
これを肝に銘じた。

肝に命じる訳がある。
<GW回想>
20年程前だがイビサというスペインの島に狂っていた頃、隣のフォルメンテー ラという島から、
僕は違う船にのってしまったのだ。とんでもなく遠い他の街に行くはめになりそ うだったのだ。
その間違いに気がついた時に、すでに出発のドラが鳴り、出発しそうだったのだ。
あの時程、僕は、必死に駆けた事はない。船を間違えてはいけない! それも、 僕の虎馬になっている。

______

インドには時間がない。汽車なぞは20時間遅れが通常との事。それゆえ、帰国 日には、
離れた場所には行ってはいけないというのが旅の掟なのだが、僕のお腹が”島に 行け!”と言うのだった。

とにかく、GATE OF INDIAという巨大な門に行けばわかると、さも、旅慣れた感 じで、
客待ちのぶったくりタクシーではなく、流しの車をひろい、その門で降りた。そ れなら60円で行けるだろう。

サルサのパーティで出逢ったサルサおじさんの言葉を思い出した
ーーーチケット売り場で船のチケットを買ってはいけませんよ。多くの人が乗船 してる船の前で、
チケットを買うのですよーーなのだったが、どこがチケットオフィスなのかが、 わからない。
物売りを振り切っては、チケットオフィスを探し、船に乗り込む。
どうやら、僕が目指してる島はエレファンタ島という文化遺産の島だ。
200人くらいの船に乗り込む。海は汚い。船も汚い。でも潮風が気持いい。土 ぼこりが海にはない。
このムンバイでは、どこでも工事中で、土ほこりが舞上がり、身体の汗にしがみ ついてくる。
でも、海には何のほこりもない。

島には一時間程で着いた。
ガイドを雇うのが常識との事で2時間1000円で、案内を頼んだ。そして、わ かった。
僕は、この島に呼ばれる運命にあったのだ。この島の神様は”踊りの神様”だった のだ。
”シハ”って言う名前の神様、他にも、ヨガの神様もいた。
ガイドに始めて紹介されたのが、踊りの神様だったのだよ。
いや、ほんと、びっくりしたのですよ。

この島は着くなり、多くの犬が待っていてくれる。
街と比べて、奇麗なわんちゃん達だ。狂犬病ではないわんちゃん達のよう。
それでも注意して、ちょっぴ、手の甲でいいこした。
この島の高台にある洞窟自体がひとつの宮殿になっていて、中に入ると空気が冷 たい。
ガイドのおじさんは、“お寺”と言う。
気持が、澄み切ってきた。犬と猿が共存し、彼等を見てると、心和む。
その洞窟宮殿のある山を降りていると、観音菩薩のような大柄の女性が、ガイド と歩いていた。
若めの日本人妙齢のようだ。

1500万人もいる街、このムンバイで300人くらいしか日本人がいないと聞 いていたのに、
どうやら、こんな島で日本人妙齢!?

来るときは、ANAのビジネスジェット便に乗ってる唯一の女性、聞いたところの 金融レディに僕は声をかけた。
すると、その、37席ある席に坐る10人(インド人6人、日本人4人)の内 の、たったひとりの女性が、
サルサを習ってるとの事だった。すごい確率だ。
そして、ムンバイ日本人会の理事の横浜のおじさんもサルサ、、、!!
この調子で行くならば、多分、この島に来るような妙齢も、やっぱサルサをして るだろうと、思い、帰りの船で声をかけた。

GW"日本人の方ですよね。ガイドにはいくら払ったの?
それと、君はサルサしてます?”

観音妙齢”はい、パリでサルサしてました。”

GWの会う人は、すごーーい確率で,皆サルサなのだ。

そして、彼女との会話から、GWの友人の多くを、観音妙齢が知ってるとわかり、 久々の日本語会話を楽しんだ。
彼女は、大手シャンペン屋さんの広報で、コンベンションでムンバイに来たとの事。
帰りも同じ便との事だ。

その妙齢とは、話しがはずんだし、僕の次の行動が、ムンバイ最高のホテルのカ フェで ケーキとチャイをいただく事だったんだけど、彼女が、そこに宿泊との事で、久々、 ラグジュアリーなホテルのプールサイドでお茶した。ゴチしてもらった。
このホテルの名前はタージマハールホテルと言う。
船から見たこの建物は圧巻であった。宿泊料金は一泊7万円ゆえに、僕は泊まれ ない、、、。

GWインド日記10

今、僕はANAのラウンジで、このインド日記の最終を書いている。
日記のスタートは、北京で見た、当時19才のインド娘,メラちゃんの踊りに呆 然とし、
彼女にJSCに来てくれる確認をとりに行くところからだった。
その答えは、今はわからなくなった。
いくつかの問題があったのだ、、、パートナー、渡航費(後の全てはJSCが払う。)
彼女の医学生としてののスケジュール、そして、マグナもJSC参加と知っての、 彼女の自信の問題、
僕が提案したPFの形に納得出来るかの問題、ムーブメントのワークショップの内 容の問題,、,等、 多くが浮上してきた。
これから、いろいろ,再度メールで確認して行くが、もしかしたら、僕が彼女に 余りのPUSHを してしまったのかもしれない。メラちゃんのプライドを傷つけたのかもしれない。
僕の期待の言葉が重圧になったのかもしれない。

再度、嘘偽りのない言葉で、このメラちゃんに話しかけるつもりだ。

そういうスタートの日記が、この旅の後半から、GWの弱いお腹にテーマが移って しまい、
”何がピーヒャラだ。馬鹿やろう!”と思ってる方もいるかもしれない。
まあ、”ごめんな、、。”と、言っておこう。

このインドには、僕は、もしや40年前に来ていたかもしれない。メラちゃんし かり、踊りの神様しかり、、
僕が、ここに来る理由は充分にあったのだと思いたい。

そして、”ただいま!”です。

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●GW さらに一言!

JSCにはANUP&MEERAがやってきます。
どうぞ、インドの真珠をやさしくね。

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